第154回国会 参議院法務委員会会議録 第9号より抜粋
                (平成14年4月11日木曜日午前10時開会)

井上哲士君
      ・・・・・次に、外国で服役をしている日本人の受刑者についてお聞きをいたします。
     外国旅行する人も年々増えまして、海外での受刑者も十年間で倍ぐらいに
     なっているかと思います。
      その中には冤罪を主張されている方もいらっしゃるわけです。
      その一つとしてメルボルン事件というのがあります。
      これは、九二年に日本人の観光客の一団がオーストラリアでヘロインの密輸疑惑
     で逮捕されて、現在服役中であります。
      そして、九八年に、国際人権規約委員会に個人通報制度を使って日本人
     としては初めて通報をした、こういう事件であります。
      これが通報したときのこの冊子であります。(資料を示す)
      一行は、オーストラリアに入る前にマレーシアに立ち寄りました。そのときに
     スーツケースを盗まれます。
      現地のガイドが、スーツケースが見付かった、しかしこれずたずたになって
     いると言って新しいのを用意してくれるんですね。
      ところが、そのスーツケースが二重底になっていて、その中にヘロインが隠されていたと。
      そのままオーストラリアに入ったときに空港で捕まって、男性四人、女性一人が、
     全く自分たちは身の覚えがないんだと無罪を主張してきましたけれども、
     結局、有罪判決を受けました。
      上告をしましたけれども、懲役十五年から二十年の刑が確定をしております。
      これ現在、服役中でもう十年になります。
      女性の方はただ一人、女子刑務所に入っておりまして、言葉も通じない、
     環境も違う、ストレスやショックで時に呼吸困難のひどい発作を起こしたり、
     自殺未遂もされたという状況があります。
      事件の経過を私も大阪へ行って弁護団の方からいろいろお聞きもした
     わけですけれども、やっぱり現地の大使館の最初の対応がこれで十分だっ
     たんだろうかということを思うわけです。
      こういう日本人が外国で犯罪の被疑者にされたときに、外務省として
     どういうふうに対応をするのか。
      その規定はどういうふうになっているんでしょうか。

政府参考人(小野正昭君)
      お答え申し上げます。
      一般的に、在外公館におきまして邦人が逮捕、拘禁されたという事実を知っ
     た場合には、直ちに現地官憲に対しまして事実関係の確認をいたしまして、そ
     れで当該邦人に対しましては面会等を行いまして本人の希望を聴取するという
     ことを行っております。
      例えば、弁護人ですとか通訳が必要になるということがございますので、その紹
     介ですとか、あるいは家族等関係者への連絡、それから差し入れなどをしてきて
     いるわけでございます。
      また、当局による取扱いの状況ですとか、あるいは健康状況、それを調査する
     ということも行っておりまして、邦人保護の観点から様々な配慮を行ってきている
     ところでございます。
      先生御指摘のメルボルンの本件事件につきましても、邦人が逮捕された直後
     から、それから取調べの間も含めまして数次にわたって何度も面会を実施してき
     ております。
      それから、弁護士の雇用等につきましても助言する等、可能な限りの支援を行っ
     てきた経緯があるわけでございます。
      それから、改善すべき点等があるんではないかという御指摘がございました。
      私どもも、もちろん執務提要と申しますか指針というものを我々各在外公館
     持っておりまして、それに基づきましてしかるべき対応をするわけでございますが、
     個々のケースは様々でございまして、そのケースごとにまた必要に応じて本省から
     指示を出して、その対応に遺漏なきを期すということでやってきているわけでございます。
      今後ともこの点につきましては、個々の事件の状況に照らしまして、被疑者の立
     場に立って一層きめの細かな対応に努めていきたいというふうに考えている所存で
     ございます。

井上哲士君
      直ちに連絡を取るということなんですが、実はもう一件、外国で冤罪を訴えてい
     るのに、フィリピンで死刑判決を、やはりこれ麻薬の関係で受けておられる名古屋
     の会社員がいらっしゃいますが、この人の場合も、報道によりますと、逮捕直後に
     大使館に三回電話をしたけれども、コレクトコールを理由に断られたと。
      大使館職員が接見したのは逮捕から半年以上も後で、既に一審判決は下りて
     いたと、こういうこともあるんです。
      何というんでしょうか、やはり問題になっているところには対応の問題が私はあったと
     思うんですね。
      しかも、通り一遍の照会とかでは駄目だと思うんです。
      このメルボルン事件の人たちも、自分たちは逮捕されたという認識がそもそもないわ
     けですね。
      運び屋に使われて、言わば参考にいろいろ話を聞かれていると思っているわけです。
     ですから、わざわざ領事館と接触を取ったり弁護人を雇うという必要性も感じていな
     かったと。
      ある程度捜査が終わったら自由が戻るんだと信じていたと言われております。
      ですから、言葉も分からない、司法制度も違う、文化も違うところで、自分たちの
     置かれている状況がどういうことなのかということまでかなり踏み込んだ対応を現地
     がする必要があると思うんですね。
      特に重要なのは通訳でありまして、この事件の場合、空港での取調べは旅行会
     社のツアーのガイドがしているわけですね。
      その後も非常に不十分な供述調書が出ておりまして、例えばリーガルエードという
     無料で法律扶助を受けられる制度がありますが、こういうこともきちんとは説明されて
     いないわけですね。
      裁判についても、通訳人の一人が、検察官と弁護士、証人がともに英語で話す場合
     でも通訳は一人しか付けられず、やり取りの速さに追い付けなくて要約せざるを得なかっ
     たと、こういうことを言われております。
      本人たちも、審理されている内容について翻訳されるのは一部だけで、まるで雲をつ
     かむような裁判だったと、こういうことをこういう本の中でも言われております。
      この個人通報に当たっては、日本の司法通訳人協会の長尾ひろみ会長が中立の立
     場で協力をされていますが、通訳人がその気になれば裁判を動かすことができるというこ
     ともある新聞で言われております。
      日本国内の外国人受刑者の通訳の話も審議で出ましたけれども、外国での通訳を
     付けるのは確かに当該国の責任でありますけれども、現実にはいろんな不十分さがあって、
     日本人がこういう目に遭っているということになりますと、やはり在外邦人の保護の観点から、
     信頼できる通訳を紹介をしたりする体制が非常に大事だと思うんです。
      OECD各国とかオーストラリアのいわゆる法廷通訳人の制度、そういう通訳人をしっかり
     日本の大使館がリストとして紹介できるように持っているのかどうか、この点どうでしょうか。

政府参考人(小野正昭君)
      法廷通訳制度でございますが、豪州も含めまして西側先進国の多くの国におきまし
     ては法廷通訳制度が存在しているわけでございますが、こうした制度を有する多くの国
     におきましては法廷通訳のリストというものは実は一般的には公開されておりません。
      そういうのが実情でございますけれども、我が邦在外公館におきましては、可能な限り
     こうした通訳の情報を入手する努力をしておりまして、当該邦人の求めに応じまして紹
     介等を行ってきているわけでございます。
      なお、御指摘のメルボルン事件での事件の通訳の質に問題はなかったのかという
     御下(ママ)問でございますが、本件事件におきましては裁判所側が法廷での通訳
     を選定したという事情がございます。
      それから、総領事館員は主要な裁判には立ち会って傍聴をしているわけでございま
     すが、通訳につきましては実はイヤホンを通じて行われてきたという事情がございまして、
     館員を含め傍聴者は、当該通訳の部分については十分その適否を判断することが
     できなかったという事情があったというふうに承知しております。

井上哲士君
      ですから、そういう、これ裁判のやり方も違うわけですから、現実には裁判の場所に
     行っていてもこの通訳がきちんと行われていないということが結果としては見過ごされて
     残っているわけですね。
      現地で支援をしている皆さんからは、事件当初の海外における日本国政府の対応
     のお粗末さに唖然としたと、こういうような批判の声なども出されておるわけです。
      やっぱり今後、海外でこういう不幸にも事件に巻き込まれる人も増えていくと思うん
     ですね。
      ですから、在外邦人の保護という観点から、一層きめ細かく、しかも迅速な踏み込ん
     だ措置が求められていると思うんですが、今後の強化方向について再度お願いします。

政府参考人(小野正昭君)
      先生御指摘のように、近年、世界的に事件、事故に巻き込まれる邦人の援護件数
     というのは増えておりまして、本年一月現在で未決、既決、合わせて邦人拘禁者数百
     六十名に上がっているわけでございます。
      こうした被拘禁者に対する援護につきましては、これ繰り返しになりますけれども、先生
     御指摘のように、初動が大切だというふうに我々も認識しております。
      今後とも、個々の事件の状況に照らしまして、被疑者の立場に立ってより一層きめ細
     かな対応をしていきたいと。
      特に、御指摘のように、言葉が不自由な邦人の場合には、やはり必要に応じて、弁護
     士等と打合せを通じて、滞在国の法令等、それから被告人に認められている権利等に
     ついては当該邦人にきちっと説明していく等の措置を講じていきたいというふうに感じてお
     ります。

井上哲士君
      是非、一層の強化をお願いをしたいと思います。
      この事件が注目されるようになったのは、最初にも言いましたように、国連への個人通報
     を日本人として初めて行ったということからです。
      当初、日本ではほとんど知られていない事件でありましたけれども、現地で支援活動を
     している日本人から伝わって、判決から四年たってやっと弁護団ができまして、今、連名で
     釈放などを求めていらっしゃいます。
      こういうパンフも作っていらっしゃいます。
      個人通報の中では、捜査段階や公判段階を通じてオーストラリアの通訳体制や運用
     に問題があったということも指摘をしているわけです。
      受刑者の方々は、とにかく無実を晴らしたい、たとえ恩赦が認められても残って無罪を証
     明したいと、そこまで言われているようなことがあります。
      やはり、こういう世論を広げていくという点で、非常にこの個人通報制度が大きな私は力
     を発揮している一つの例だと思うんですね。
      私どもは個人通報制度を国際的に確立している人権保護の基準として批准を求めて
     きたわけでありますけれども、法務省は検討検討ということを繰り返してこられました。
      受刑者移送についても、かつては刑罰権は国の主権の一部で裁判国で実現するのが
     原則だということで消極的だったと思うんですが、今度こうやって踏み出したわけですから、
     いろんな意味での人権の国際水準を満たすという点で、この個人通報制度の批准に踏
     み出すべきではないかと思うんですが、大臣の御所見をお願いします。

国務大臣(森山眞弓君)
      条約の批准ということになりますと、それは外務省の所管ということになるわけでございま
     すが、それを前提として私なりのお答えを申し上げますと、今、委員が御指摘になりました
     国際人権B規約第一選択議定書において、いわゆる個人通報制度が規定されている
     わけでございます。
      この個人通報制度につきましては、おっしゃるような意味があるとは思いますけれども、
     他方で、司法権の独立を含め司法制度との関連で問題が生ずるおそれもあるのではない
     かという懸念があるわけでございますが、いずれにせよ、この条約の実施の効果的な担保
     を図るという趣旨から注目すべき制度であろうと思っております。

井上哲士君
      勧告は政府に行われるわけなので、司法権の侵害にはならないということを言っておきた
     いと思います。
      人権宣言が五十年のときに、ある新聞の社説でこの問題について、この条約に加わった
     場合の戸惑いや若干の混乱よりも、条約を拒むことによって国際的な人権基準や世界の
     潮流から取り残されることこそ恐れるべきだと、こういう指摘もされております。
      人権感覚を研ぎ、社会や法制のありようを考えていく上で大いに意味のある制度である
     と、こういう指摘もあるわけで、是非前向きにこれを取り入れていくという点で改めて求めま
     して、質問を終わります。