1 メルボルンの支援者連絡会メンバー

 (1)スティーブン・ヤング牧師
 私は1991年にキリスト教の宣教師として日本人のコミュニテイーのためにメルボルンに来ました。1992年の8月に英語を話せない日本人が刑務所にいると聞いたとき、すぐに何か手伝えることがあればと彼らを訪ねました。麻薬事件と聞いて若い青年と思いました。驚いたことに彼らは社会人で26歳から60歳でした。オーストラリアには家族、友人、親類の人も居ませんでした。私は外の世界唯一の接点となりました。
 彼らは刑務所のルールを知りませんでした。刑務所のスタッフや弁護士と会話ができないこと、日本に居る家族を心配したり、仕事や家賃の支払いはどうなるか、と不安でした。刑務所からもすぐ出られるからと言われ、希望を持ち続けました。
 彼らのうち二人から、私に会うことができなかったら自殺していたでしょうと何年か後に言われました。
 ある刑務所のスタッフから「事件がアジア人+麻薬=有罪」と言われました。オーストラリア人の多くは全てのアジア人は皆同じであると見ますので、民族の違いを知りません。
 弁護士は判決がどうなるか意見を言いませんでしたが、(A子)女性の囚人に対して、弁護士は99%無罪になると言いました。しかし有罪になって全ての弁護士は失望しました。
 何回となく私は刑務所の中で通訳の役目をしました。その時の刑務所の刑務官から言われた事は、「この日本人の囚人達は模範囚です。全ての囚人が彼らのようであれば刑務官の必要性はなくなる。」「彼らの監視はとても楽です」。
 彼らは模範囚であり、外国人であることから特別な権利を与えられています。刑務所の中に最初はお米、そして醤油、味噌等が入るようになりました。今は他の日本食材料をも手に入るようになりました。しかしこうなるまでに何年も掛かりました。
 もっとも新しい話では、女性の囚人の刑務所内での軽作業担当の刑務官と話しをする機会がありました。彼は「殆どの刑務所の刑務官たちは彼女が無実であると信じている。」と言うと、彼女はそばで涙を流していました。このように刑務官は彼女のことをかわいそうだと思っているのです。
 5人は感謝の気持ちを表すために今まで手紙を書き、絵を描き、木製の筆箱を作り、陶器を焼き、そして日本語キリスト教会のために幾つかの木製の看板を作ってくれました。これらのものは世界中の人々に送っています。そして世界中のクリスチャンの人々は彼らのために祈っています。

 (2)花島秀彦
 全てが負の環境中で結審し、服役中の五人の胸中は察するに余りある。せめて、彼らを同じレベルの土俵に登らせ、充分な弁明の機会を与える事が出来たら・・・と支援グループへ。

 (3)佐藤明男、陽子
 「無実を訴えつつ、異郷の地の刑務所でイエス様を信じクリスチャンになられた5人の方たちの事をメルボルン日本語教会で知り、少しでも慰め、励ます事が出来ればと思い、往復8時間近くかけて97年から面会に行き始めました。しかし、実際は大きな艱難の中にある5人の方たちに、私たちの方が逆に励まされて帰って来るのが現状で、始め思った事は放漫であった事に気づかされました。全てを創造され、今も生きておられる神は全てをご存知です。その全知全能の神が最善の時に真理を明らかにして下さり、5人の方たちが無実の者として日本に帰国出来ますように日々お祈りしております。

 (4)杉本ひろ子
 何故オーストラリア警察は事件の中心人物とみなされるこの旅行を計画したマレーシア人のキャリー(仮名・編者注)を追跡調査しないのか、又ヘロインを持っていなかった日本人女性二人を市内見物までさせた後、二度とこの国に来ない様、もし来たら逮捕すると脅し、この二人が証人として裁判に出るのを阻止したのか。
 何故、裁判でこれらの重大な件に触れず、リーダーが他の人の航空券を持っているのが怪しい、とか、日本人はカメラ好きなのにカメラを一人も持っていなかったのがおかしい(使い捨てカメラを買うつもりでいたのに)。とかすべて憶測だけで有罪にしてしまう荒っぽい陪審員制度の恐さ等など、憤慨するにはきりの無い問題の数々に強くいきどおりを感じています。

 (5)杉本保治
 5人の同朋を訪ね、一貫して無実を主張する本人たちの生の声を聞くようになって6年。事件当初の海外における日本国政府の対応の“お粗末さに唖然”とした。同じ海外に住む者として心痛む思いで彼等の苦しみを理解し続けたい。

 (6)菅野広志、和子
 私達はヤング牧師の教会のクリスチャンで、事件当初からヤング牧師を通して彼らのことを知り、又彼らと接するうちに、私自身、彼らは無罪であると思う様になりました。しかし有罪無罪にかかわらず裁判において通訳等に不満な点があり、人権がきちんと守られる様な裁判をして欲しいと願い、支援しております。
 支援者同士が必ずしもいつも同じ意見である訳ではありませんが、彼ら5人が公正な裁判を受け、真実に基づいた判決のもとで、一日も早く日本に帰れることを願う気持ちは同じで、意見の違いを尊重し合いながら、これからもお互い協力して支援していきたいと思っております。

 (7)中村ひで子
 刑務所生活8年という歳月は、子供が小学校に入学し、さらに中学2年まで終わる長さです。それが異国の刑務所であり、さらには無実で入っているとしたらこれほどの屈辱があるでしょうか。「女性学」の勉強をしたくて留学していたわたくしは、女性受刑者A子さんの切実な無実の訴えに心を動かされたのが支援活動を始めるきっかけでした。修士を終え、現在博士論文の最終段階にいますが、支援活動と、論文と、子育てに係わった歳月とも重なります。学問が最も抑圧された人々の解放に役立たなければならないことを身をもって教えてくれたのはこのA子さんらとの出会いでした。また時間的にも忙しい人達が、この問題に真剣に取り組んでくださり仲間として一緒にこの運動と支援を支え、今日に至ったことを申し添えたいと思います。(連絡会事務局担当)

 (8)渡辺新吉
 私の真向かいに連邦警察の麻薬捜査官が居ますが、彼が事件直後に私の所へ来て尋ねました。「日本の麻薬事件はどうだ」。 私は答えました、「そんなに無いと思うよ」。と、「嘘言え、沢山あるだろう」と、彼は私の答えを疑いました。私は苦笑し、次のように言いました。「私は、業界の人間ではないので正確な数字は知らない」と、その後時有る如く監視されているように感じています。
 その頃、メルボルンのマスコミは連日、「日本のマフィアグループ大量の麻薬を持ちこむ」の報道を繰り返しておりました。(当時、在留邦人の大多数の方々でさえも彼らに疑いを抱かれていただろうと思います)警察の意向に基づくマスコミの報道は、一般人ならごく当たり前に有罪ではないかと考えてしまう、そんな報道だったと思います。
 日本人+麻薬持込=絶対有罪。そして陪審員裁判で有罪判決が下されました。見せしめの為、重刑を科す。さて、こんなに大変な時期に五人の方々を側面から援助下さった方がおりました。スティーブ、ヤング氏です。彼は彼等が拘留された事を知ると直ぐに面会に行かれました。親日家でご自分の人生の大半を日本人の為に捧げています。この人があってこそ現在の支援が継続されているといっても過言ではありません。そして彼の教会のメンバー菅野氏により冤罪ではないかとの報が現在の連絡会のメンバーにもたらされました。冤罪であれば何とかしなければの思いが段々増幅され、冤罪を晴らし5人の方々が日本の地を踏むまで頑張りたいと思います。

(9)武本雅子
 裁判なんて、その専門家が知恵を出し切ってするものだから、間違った裁判などそんなにあるわけじゃない。“公正”の為の裁判だから、、、素人が口を挟むまでもない、と思っていた私の常識がこの事件で覆されてしまいました。
 5人の人達の話を聞くうちに法律の専門家達によって進められる裁判が納得できず、じれったい思いをされているのに何もできないでいる事に、とても心が痛みました。

 (10)武本英二
 1989年メルボルンに移住した私は性格的に疑い深く、1993年頃、友人からメルボルン事件の話を聞いてはいましたが、二人目の子供も生まれ忙しいからと深く関わることもありませんでした。更に5人の言うように無実を訴えるような支援は日本人会のような団体がするのが一番いいのではないか、と思っていたわけです。複数の友人から幾度も誘われ、初めて男性4人のいるBarwon刑務所に面会したとき、その中の一人の正義感たるや、この人の訴えは真実であると、脳天を打ち抜かれるような深い衝撃を受けました。冒頭にも書きましたが疑い深い私としては何度となく面会して「これだけはっきりしているのに、何故、有罪になったのか」不思議でなりませんでした。もしこれと同じことが「家族、友人が他の国へ旅行して起こったら」と考えると人ごとではありません。日本にいれば気にならないことかも知れませんが、有罪となった証拠は特定できている第三者により巧みにスーツケースに仕込まれたヘロインの現物のみ、残念なことに言葉の問題は重大で、誤訳、又は省略で誤解されるような調書が作成されたことも、公的な記録を再点検さえしていれば、起訴されなくて済んだのでは・・・そして、その第三者を捕まえる事も裁判に呼ぶ事も無く、彼らに有罪判決を出してよいものか。また、日本外務省出先機関の大使館や領事館は日本人が旅行中刑事事件に遭遇し、逮捕、取り調べに入れば何も出来ません。ひとたび起訴されればもう日本国の保護はありません。一人の日本人として沢山の疑問を感じたことが彼等の支援に加わったきっかけでした。皆さんどう思われますか?

2 日本国内の支援者

・菅野和憲
 この事件発生の翌年、メルボルン日本語キリスト教会が発行した「証し集」に載った勝野正治氏の「私の道」を読み、とても衝撃を受けた。とにかくこの人物のことを多くの人に知ってほしいとの思いで、ヤング先生の承諾を得て、小冊子にまとめ、メルボルン通信13号とともに紹介した。それ以降、メルボルンからの情報を基に、メルボルン通信に裁判の様子とか5名の方々の近況・声を載せて、支援の輪を広げることに努めてきている。そのような中で、浜名純氏による「無実の罪で(合計)懲役85年」(月刊「ビューズ」)記事は、事件を理解してもらうために大きな力となっている。また、1997年11月には、ギャラリーそわか(東京都武蔵村山市)の厚意で、浅見氏が獄中で描いた作品約50点の個展を1ヶ月間開き、広く市民・支援者へのアピールを行なった。同時に、浅見氏の作品5点を絵葉書にして、5枚1組と事件の解説を一緒にしたものを用意した。また、1996年3月に、ヤング先生の要請のもとに、「メルボルン事件日本支援基金」(発起人:広橋嘉信、浜名純、菅野和憲)を設立した。これは5名の刑務所内での生活費や再審のための費用また日本に帰国したときの一時金を目的としており、これまで私の支援のやり方で、いろいろと助言してくださる方もいたが、無理をしないように自分のできる範囲でやらせてもらってきたので、続けてこれたのだと思っている。たとえ、小さいと見えても、それぞれが心に出来ると感じた分で支援に加わってくださるようお願いしたい。
 ● メルボルン事件日本支援基金の取扱機関(第4章に掲載しています。)
 ● これまで、支援活動の一環として、下記の小冊子及び絵葉書を発行し  てきた。
・「私の道」(勝野正治)、・「獄中からの手紙」(勝野正治)、・「主の恵み」(勝野正治)、・「信仰随想」(A子)、・「救いの証し」(A子)、・「神からの平安」(勝野良男)(200円)、・「獄中からのあいさつ」(5名)、・「上申書」(4名)、・「浅見五郎聖句絵葉書セット」(250円)、・と・と・は有料である。他のものは在庫がわずかです。支援活動を続けていくためにも、ご協力をお願いします。

・浜名 純(ジャーナリスト)
 メルボルンに無実の罪で獄中につながれている5人の日本人がいる、と聞いたのは1994年の秋だった。すぐに出版社と月刊誌掲載の交渉をして東京から取材に飛び立った。あれから、もう4年半が経過した。確かに記事掲載後の反響は、それなりに大きかったといえる。いくつかのテレビから取材の申し込みがあり、番組化された。しかし、それがテレビの手法でもあるのだが、センセーショナルに取り上げてそれで終わった。核心に迫り、真実を探ろうとはしない。
 もっとも、私も威張れたものではない。心の片隅にいつも「メルボルン」のことが、ありながら他の取材に追われ何の手助けもできない。もどかしさと自分自身に対するふがいなさ。内心じくじたる自責の念にかられる日々でもあった。獄中に宛て何度か手紙を書いたが、逆に5人から励まされ、教えられるというのが実際のところであった。
 今年に入って突然、大阪の近藤弁護士からファックスをいただいた。弁護士を中心とした支援グループが動き出したのだという。その時、この5年の歳月が私の脳裏をよぎった。「正治さんも、光男さんも、良男さんも、浅見さんも、そしてA子さんも、まだ獄中にいるのだ。それも、無実の罪をはらすことができずに」。そんな当然わかっているはずの事実が、私の胸に改めて重くのしかかった。5人の顔が思い浮かんだ。
 私は何をしていたのだろう、のほほんと。原点に戻るのだ、と私は自分に言い聞かせた。格好をつけて背伸びすることはしない。でも、自分のできることを精いっぱいしよう。もし、ジャーナリストとして力になれることがあるなら、惜しまずにやろう。電話を受けた私は改めて、そう決意した。

3 弁護団関係者

・松岡正章(甲南大学法学部教授)
 「手続など重要でないと答えうるのは、教養のない素人かいんちき法律家だけである。手続的な公正と調和は、自由の不可欠の本質である。」これは、アメリカの連邦最高裁判事であったジャクソンがある事件の少数意見でのべたことばであるが、メルボルン事件は、この言葉の重みをあらためて教えてくれた。警察の取調べは「ことばの壁」もあって一方的に行われ、法廷でも重要な証拠を審理しないまま、あっという間に有罪判決がなされた。公正かつ公平な手続を経ることなくなされた有罪判決、まさに「暗黒裁判」そのものである。これ以上の「不正義」がどこにあろうか。私たちはこれまで外国人が日本で公正・公平な裁判を受けているかどうかだけを論じてきたのではないか。正義感の旺盛な若者たち、海外への飛躍を志す若者たちが、えん罪に苦しむ5人の同胞たちへの援助への戦列に参加してくれることを強く訴えたい。

・弁護士 小山章松
 メルボルン事件の弁護活動は、国内、外国での外国人の刑事手続の実質的弁護権(十分な能力を有する必要人数の通訳を付けること、刑事法制度の情報提供等)を獲得するためのパイオニア的戦いです。負けられません。

・弁護士 井上隆彦

 本事件の早期解決により、国際的な人権保障の確立に向けて大いに前進することを期待しています。
 私も、一弁護士として頑張って参りたいと思います。

・弁護士 田中 俊
 最初、勝野兄弟ら5人に会うまでは、彼らが本当に無実であるのか、わかりませんでした。しかし、昨年メルボルンを訪れ、彼らに会って、彼らの無実を確信しました。特に印象深かったのは、A子さんと勝野兄弟の長兄である正治さんの言葉でした。A子さんは、私達との会談の最後に「釈放されて、自由の身になるよりも無実であることを証明したい。」と涙ぐんで言いました。正治さんも「たとえ恩赦が認められても、無実であることが明らかにならないくらいなら、刑務所から出るつもりはない。」と明言されました。私は、彼らのこの言葉を聞いて、「人間の尊厳」というものを強く感じました。その後、今年に入って、2回目のメルボルン調査でも彼らと会って、ますます彼らの無罪を確信したのです。
 A子さんを除く4名が収容されている刑務所の施設の中には、彼らが書いた絵がたくさん飾ってあります。その中の1枚の片隅に「生命あるかぎり希望あり」と書かれてありました。
 私は、メルボルン事件を通じて、人間というものが極限状態の中におかれても尊厳を失わないすばらしい存在でありうることを彼ら5人から学びました。彼らからのメッセージを今後の弁護士としての業務のなかにも生かしていきたいと思っています。
 彼らが現在収容されている刑務所は、驚くことに民営で、施設の環境は日本と比べ開放的なのですが、A子さんの収容されている刑務所の場合、麻薬が横行しているとのことであり、施設環境は必ずしもよくありません。
 私たち弁護団は、少しでも早く彼らを自由の身にしたいと思っています。そのためには、たくさんの市民の皆様からの物心両面にわたる支援が必要です。特に現在、語学に堪能な方のご協力を求めています。ご支援のほど心からお願いいたします。

・弁護士 池田崇志
 メルボルン事件では、弁護団のあり方、調査の方法、制度の利用方法など、すべての面において勉強させていただいております。しかし、なによりも、限りなく透明に近いブルーをしているオーストラリアの空の下、5人をできるだけ早く解放してあげたいとの信念が、微力ながら私を活動に参加させています。

・弁護士 小切間俊司
 私は、旅行等で外国に居るとき、「母国・日本がバックに控えている。いざというときは、日本が私を助けてくれる。」という感情を持っています。日本人として、少しでも彼らの手助けができれば、と考えています。

・弁護士 近藤厚志
 99年1月、真夏のオーストラリアを訪ねた。刑務所に訪れたときの、熱く照りつける太陽。勝野さんらを救おうとする、現地支援連絡会の方々の思いと行動には、静かではあるが、その太陽に劣らぬ情熱があった。困難にぶち当たったときは、その現地での感動を思い出し、仲間と力をあわせて頑張ります。

・弁護士 沢田篤志
 私は、5人の方にお会いし、この事件が冤罪事件であると強く信じています。
 たとえどれほど言葉の壁・誤解・外国人への無理解などの困難な問題があったにせよ、なぜこのケースでこのような問答無用の有罪判決が下されてしまうのか、と思わずにはいられません。私たちは、取調べや裁判の中で、外国人のための最低限のサポート(人権保障)が与えられていなかった点に大きな責任があると考えています。何とかこの点を具体的に主張・証明し、この個人通報を実りあるものにしたいと考えています。


・弁護士 片岡詳子
 私は、海外旅行が大好きで、年に2〜3回、あちこちの国に出かけます。それも、パッケージツアーではどこかもの足りない。自分で自由に日程を組んで、現地でホテルを探したりして、ほんのちょっぴり冒険気分を味わうのが好きです。
 そんな楽しい旅行の最中、訳のわからないまま逮捕され(正治さん達は逮捕されたことさえ認識できなかったということですが・・・)、理解不可能な言語をしゃべる人達の中で自分がおかれている状況さえ認識できず、ましてや十分な弁解など全くできず、あれよあれよというまに懲役15〜20年、そして刑が確定・・・。
 そのような目にあった方々の無力感・絶望感は、はかりしれません。
 オーストラリアの監獄で、真実のために日々戦っている皆さんと、それを応援する弁護団を、心から応援します!!

・弁護士 中西裕人
 「囚われた5人」
 ハリウッドの人気女優ニコール・キッドマンがデビューまもないころに主演したオーストラリア製作の映画で「囚われた女」というのがある。
 ヒロインは、幼いころに生き別れた父親をタイに訪ねる旅に出るが、途中親しくなったガイドからプレゼントされた大型カメラのケースが二重底になっており、タイ入国の際にそこからヘロインが発見され、逮捕される。
 異国の法廷で言葉の通じない悲しさ、無実の訴えも届かず、投獄される。
 落魄していた父親は元弁護士であるが、職能に目覚め、娘の救出に走り、父と娘の絆も回復していく。
 中心部分はまるでメルボルン事件を予言していたかの如き作品で、これをオーストラリア自身が創っていたという皮肉に驚く。
 「囚われた女」は、最後に脱獄して自由を回復する。
 「囚われた5人」は、国際人権規約に基づき堂々と自由を回復できるものと信じる。
 若い弁護士たちとともに、私も微力を尽くしたい。


・弁護士 黒田悦男
 クワラルンプール調査に同行し、支援者の方々の熱き想いを感じました。
 浜村淳さんに招かれた本件と類似の事件を扱った映画「ブロークダウンパレス」の試写会では、沢山の方々から支援のカンパをいただき、同じ日本人を助けて欲しいという熱き想いを感じました。
 大変な事件ですが、皆さんの熱き想いをエネルギーとしてなんとか良い結果を出せるよう頑張っていきたいと思います。

・弁護士 中西 啓
 適切な通訳をあてがわれることなく自分をどう守ったらよいものかわからないままに異境の地で投獄された方々の無念と暗澹たる思いを胸に、これからも一日も早い解決を目指して努力していきたいと思います。

・弁護士 湯原裕子

 何が弁護団や支援者を動かしているのでしょうか。
「5人の人権を救わなければならない」という正義感?
 「他人事ではない問題だから」という危機感?
 見過ごしてしまっても自分の利害にかかわらない問題に時間や、労力や資金を提供させる「力」は何なのかと、それを目の当たりにし、考えずにはいられません。
 私も出来る限りの協力をさせていただこうと思っています。

・藤田有紀(学生)
 私はメルボルンに行って初めて刑務所という所に行きました。それは私が想像していた暗いきびしいイメージとは違いまったく別のものでした。それでもやはり刑務所は刑務所であり、中に入るとセキュリティーのすごさに驚かされました。しかしそれ以上にびっくりさせられたことはA子さん達に出逢ったとき、彼女が一見あまりにも明るく元気そうに過ごしていたからでした。それは私が考えていたつらくきびしい刑務所生活のイメージとはかけはなれた光景だったからです。
 メルボルンでは現地の支援者の方達がA子さん達を助けようとする気持ちそして努力に感動しました。
 そして実際にA子さん達に会って話を聞いたことによって、今まで以上にこの事件に関心を持つようになりました。
 今回、2回にわたりメルボルンの現地に参加させてもらったことによって様々なことを学びました。
 一日も早く、A子さん達が出てこられることを祈っています。