小切間 俊司(弁護士)


1 自由権規約と個人通報制度
 第二次世界大戦の後、国連のもとで作られた、人権に関する重要な条約に、国際人権規約があります。
 国際人権規約は、2つの条約からなっています。
・ 1つは、拷問や非人道的な取扱を受けない権利、法律に定められた理由によらないかぎり逮捕・拘禁されない権利などを扱った「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(いわゆる「自由権規約」)、
・ もう1つは、公正かつ良好な労働条件を享受する権利、社会保険その他の社会保障についての権利、教育に関する権利などを扱った「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(いわゆる「社会権規約」)です。
 このうち前者(自由権規約)に関しては、個人がこれに反する人権侵害を受けた場合に、国連宛てに手紙を送って、この規約のもとで作られた国際的な委員会(規約人権委員会)に直接その申立ができる手続があります。これを個人通報制度といいます。
 人権を侵害された人個々人が、国家(国境)を越えて国際機関に直接申立が出来るという点で、画期的な制度です。

2 個人通報制度の内容
 人権侵害を受けた個人は、その国において利用できるあらゆる国内救済措置(裁判・不服申立など)を尽くした後であれば、誰でも規約人権委員会に直接通報することができます。その通報が受理され、審議された後、規約人権委員会はその事件に対する「見解」(views)を出します。

3 批准
 個人通報制度は、あくまでも、国家が「自由権規約」を批准しているだけでなく、自由権規約の手続について定める「市民的及び政治的権利に関する国際規約についての選択議定書」(第一選択議定書)を批准していなければ、個々人は利用(通報)できません。
 2000年3月31日現在、自由権規約締結国144カ国中、個人通報制度に加入している(つまり第一選択議定書を批准している)のは95カ国です。自由権規約を批准している国々のなかでも半数以上の国が個人通報制度を受け入れているわけです。
 日本は個人通報制度に加入していませんが、オーストラリアは加入しています。ですから、今回、メルボルン事件では、個人通報制度を利用することができるのです。

4 通報の手続
・ 担当機関
  通報審査の事務は、ジュネーブの国連欧州本部内にある国連人権高等弁務官事務所内の事務局が担当します。訴えが届くと、まず、訴えをした通報者にその旨通知されます。
・ 手続内容
・ 許容性審査
 まず、第1段階として、規約人権委員会は、寄せられた通報を審査の対象として取り上げるべきかどうか判断します。この段階では、主に、以下の事情について審査されます。

ア 通報者の適格性(選択議定書1条、2条)
・通報者になることが出来るのは、個人またはその代理人です。法人や組合は申立をすることができません。

イ 通報者と締結国の権限の範囲(選択議定書1条)
・自由権規約に違反する人権侵害を受けた時点で、その個人が締約国の管轄の及ぶ範囲にいれば適用されます。それには、その国の国民だけでなく、外国人も含みます。

ウ 通報と他の救済手段との関係(選択議定書5条、2条)
・通報者にとって、他の救済手段が残されていないことが必要です。すなわち、他の国際機関や機構などにおいて、同じ案件が同時に審議されていないこと、国内での救済手段を尽くしていることが必要です。

 メルボルン事件の場合、通報者は、被拘禁者4人および代理人弁護士42人であり、通報者本人が自由権規約に違反する人権侵害を受けたのは、オーストラリアの管轄の及ぶ地域(オーストラリアの領土内)でしたので、ア・イの点では問題がありません。また、5人とも刑事裁判が確定していますので、「国内での救済手段を尽くしている」といえ、ウの点でも問題がありません。
  なお、良男さんについては、良夫さん以外の4人が個人通報をした時点(1998年9月)では、刑事裁判の上告審で争っている最中でしたので、「国内での救済手段を尽くしている」とはいえず、ウの要件を満たさなかったため、個人通報をしませんでした。
・ 本案審査
  次に、第2段階として、規約人権委員会は、自由権規約に照らして通報の内容を審査し、「見解」(views)を出します。
  審査は最初から最後まで、委員会をはさんで通報者(申立人)と締約国の書面でのやりとりを中心に行われます。一連の手続はすべて非公開で行われます。

5 「見解」(views)の効果

 以上の審査を経て、規約人権委員会はその事件に対する「見解」(views)を出しますが、「見解」(views)には、法的な意味での拘束力は無く、これを守らなくても当事国が罰せられるというようなことはありません。
 しかし、「見解」(views)が出されれば、国内の人権問題が国際社会の関心にさらされることとなり、当事国には国際社会からの圧力がかかります。
 また、見解において自由権規約に違反しているという判断が下された場合、規約人権委員会が当事国に対し、どのような救済措置をとったかについて報告するよう要請します。そして、当事国がこの要請に応えなかったり、何の改善策も講じなかったりした場合、規約人権委員会は当事国の国の名前を報告書の中で公表します。
 このような事実上の圧力により、状況の変化が期待できるわけです。

6 メルボルン事件における手続
 メルボルン事件においては、規約人権委員会に対して、1998年9月22日に申立を完了し、現在、許容性審査(第1段階)が行われているところです。